安 由利子さん(2012年卒業)
公益財団法人日本オリンピック委員会(JOC)
フランス語を勉強していた頃、将来どんなふうに役に立つのか、正直イメージが持てませんでした。役に立つかどうかもわからないまま、なんとなく続けていた、というのが本音かもしれません。でも、わからないまま続けていたことが、あとから「ああ、ここでつながるんだ」と思う瞬間があります。
いま、私はスポーツの仕事をしています。学生の頃は、まさかそんな未来になるとは思っていませんでした。スポーツは好きでしたが、「仕事にする」という発想はなかったからです。
きっかけは、東京2020オリンピック・パラリンピックでした。世界が日本にやってくる。だったら、その現場の中心を覗いてみたい。そんな気持ちが芽生えました。採用要項にはいろいろな条件が並んでいましたが、その中で「これはいけるかもしれない」と思えたのが「言語」でした。ほかは心もとないが、ここなら勝負できる。そういう判断で応募しました。
幼少期の海外経験から、大学では第二言語習得を中心に応用言語学を学び、「人はどうやって言語を身につけるのか」に興味を持っていました。フランス語学科に所属しながらも、英語学科のゼミに参加し、「教師の発音が生徒のモチベーションにどのように影響するのか」というテーマで卒業論文を書きました。学科の枠にとらわれず、学びたいことに挑戦できる自由な環境は、上智大学の大きな魅力です。
他大学の大学院に進むとき、上智の先生が「いつでも戻ってきていいよ」「またいつか一緒に研究しよう」と声をかけてくださいました。実際に大学院に進学してからも、上智の先生方とともに外国語指導助手(ALT)に関する研究に携わる機会もいただきました。こうした目に見えないつながりは、学びが一つの場所に閉じるものではないことを教えてくれたように思います。
JOCに就職してから、言語と「言葉」は必ずしも同じではないのだと改めて気づかされました。言葉は単なる道具ではない、ということも実感しています。はじめは広報部に配属され、約8年間、日本語と英語での言葉選びに向き合ってきました。プレスリリースの一文をどう書くか、どの言葉を選ぶかで、受け取られ方は大きく変わります。SNSの投稿ひとつでも、伝え方によって反応が違います。言葉というのはなかなか奥が深い。誰に、どのように届くのかを考えることは、学生時代に考えていた「人がどのように動機づけられるのか」という関心と、どこかでつながっていました。
スポーツの現場では、異なる文化や立場の人と一緒に仕事をする機会が多くあります。オリンピックの世界では、フランス語と英語が公式言語と決まっています。公式文書や式典、国際機関とのやり取りなど、フランス語がひょっこり顔を出す場面も多いです。実際の現場では、英語でやり取りをしながらも、フランス語で短いやり取りをしたことで、場の温度が少し変り、コミュニケーションがぐっとスムーズになった経験が何度もありました。言葉には、相手との距離を縮める力があり、これがなかなか面白いのです。
これまで、夏と冬を合わせて6回、オリンピックに関わる機会がありました。大会ごとに状況はまったく違い、交渉においては同じやり方が通用することはほとんどありません。その中で、その場その場で考えるしかない。言語はもちろん大切です。でも、それ以上に大切なのは、「相手はどう考えているか」を想像する力だったりします。このような姿勢は、上智大学の教育精神である「他者のために、他者とともに」という考え方と重なります。この精神は、いまの仕事の中で自然と自分の行動の指針になっていると感じています。
2023年には、パリで1年間、在フランス日本国大使館に勤務する機会をいただきました。パリ2024オリンピック・パラリンピックに向けた情報収集や関係者との調整、日本代表選手団の支援、パリを訪れる要人への対応など、さまざまな業務に携わりました。大会に向けた業務に携わる中で、日常的にフランス語を使いながら働く経験をしました。学生時代には、フランス語をここまで仕事で使うとは思っていませんでしたが、この経験を通じて、学びが思いがけない形で活きることを実感しました。
そのとき、高校時代の恩師の言葉を思い出しました。「人生はいつか帳尻が合う」。あの頃は半信半疑でしたが、いまは妙に納得しています。遠回りのように見えた選択も、気づけば時間を経て別の形でつながっていく。自分が学び続けてきたフランス語にこそ当てはまるのだと感じています。
いま、私はマーケティングの仕事をしています。パートナー企業の方々と一緒に、スポーツの価値をどのように社会へ届けるかを考える仕事です。相手の考えを受け取り、それを形にしていくことは簡単ではありませんが、その分、やりがいも大きいと感じています。
これから進路を考える人に伝えたいのは、「とりあえず自分の持っているもので勝負してみる」「いまやっていることを、ちゃんとやってみる」ということです。自分が持っている強みを大切にしながら、一歩ずつ進んでいけば、きっとどこかで意味を持つときが来ると思います。
(所属は取材時のものです)