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留学BLOG

2025.03.11

ポルトガル留学体験記「コインブラにいる私の家族」

私はポルトガルのコインブラ大学に約1年間交換留学に行きました。コインブラ大学は1290年に創設されたポルトガルで最も古い大学であり、ヨーロッパでも最も古い大学の1つです。世界遺産である大学一帯・図書館、ハリーポッターのようなマントの制服が有名で、私がコインブラ大学を選んだ1つの理由でもあります。

私がコインブラ大学を選んだ決め手は、言語学の講義が充実していることでした。私はポルトガル語の言語学をやりたいという思いがあり、ネーヴェス先生に相談して各大学に言語学のどんな授業があるかを調べました。また、理論言語学を扱う上で、教科書的に正しい統語を話し言葉でも使うヨーロッパポルトガル語に触れたいと考えました。

私は、現地の授業を通してポルトガル語ができるようになりたいというよりも、現地のポルトガル語の理論言語学を学びたいと考えていたので、ポルトガル語が聞き取れなければ何も始まりません。そこで、留学前にヨーロッパポルトガル語、特にリスニングを頑張りました。毎日ポッドキャストを聞いたりシャドーイングしたりしていました。基礎ポルで習うブラジルポルトガル語とポルトガルのポルトガル語は、違う言語かというくらい音声的に違います。ポルトガル留学を選ぶならそういう面で覚悟が必要です。幸い、現地でポルトガル語に困ることはそんなになかったし、講義も基本的には問題なく理解できました。すでに日本で理論言語学を学んでいたというのもあります。自慢になりますが、統語論の授業では現地の一般学生もいるなかでクラストップの成績を取ることができました。大事だと思ったのは自分には厳しそうだなと思ったことは積極的に交渉することです。交渉さえすれば、多くの先生は留学生には試験に辞書を持ち込むことを認めてくれました。

私の留学中の一番の思い出はサッカー選手になったことです。サッカーができるところを探していたら偶然が重なりあって、ポルトガル女子3部リーグではありますがプロではないのに国際移籍というたいそうな形でサッカー選手になりました。クラブが財政難のなか国際移籍には1000€以上かかり、一度私の選手登録は厳しいとなりましたが、私は自分で払うからサッカーをやりたいと言って節約生活をしました。一日一食食べられるかくらいの生活はひもじかったですが、希望があったので充実していました。「このチームは君の家だし、君は私たちの家族だ」と言っていつも私を愛してくれて、最終的にはチームグッズを売ったりして監督やチームメイト、その家族たちがお金を集め、私の選手登録をしてくれました。それなのに私が足首大捻挫したり、結局財政難で女子チームはなくなったり、いろいろあったのですがこの話を始めると字数に収まらないので書けません。とにかく、私には家族ができました。留学先では、ぜひ大学を飛び出して、街のコミュニティで自分が熱中できるものと家族を見つけてください。

S.F(コインブラ大学)